ハリウッドへ進出

ツイ・ハークとの黄飛鴻(ワンチャイ)は1991年8月15日に香港で公開されました。今までとはまったく違う黄飛鴻(ワンチア)像を演じたリチャイということもあって不安視されていましたが、見事に観客の心を掴み大ヒットを記録します。

香港でも3.000万香港ドルの興行成績を上げて、低迷していたリー・リンチャイは見事復活を遂げました。映画は大ヒットしますが、ゴールデン・ハーベストとは黄飛鴻(ワンチャイ)の大ヒットで、リンチャイの商品価値が跳ね上がりゴールデン・ハーベスト側としたらなんとしても、稼ぎ頭のリンチャイを手元に置いていたという思惑で、これから先も契約問題で揉めることになります。

そして、マネージメント契約をした羅大衛との解約を解除することもうまくいかず、八方塞の時期ではありますがゴールデン・ハーベストとの契約上撮影された、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱』で、ドニー・イェンとも初共演をして、黄飛鴻(ワンチャイ)シリーズ上最高傑作とも言われる作品を生み出したのが一番リンチャイが苦悩にこじれていたこの時期でもありました。

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仏の道を模索

あれだけ揉めたゴールデン・ハーベストとの契約を終えるために、必死に撮影をこなし友人が事件によって銃殺されたこともあり失意の中で映画は撮影されていき、なんとか契約を終えることでひとつの区切りを考えていたのかもしれません。小学校の時代から武術の訓練に始まりひたすら武術の技を極めていく中で、映画の世界へと入り契約をおえたことで考えていた道は「仏の道」に入ることでした。

「仏の道」に入るべきかどうかを考える中で、信仰するチベット仏教の高僧をあるひ尋ねます。そこで高僧から言われたことは「あなたには使命がある」ということを助言され、引退を考えていたのを撤回して「映画を通じて自分には何ができるのか」ということを新たな人生のテーマとして生きることになります。そしてこの機会に運勢を変えられると薦められていた鼻のほくろを除去しました。

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ジェット・リーへ

鼻のほくろ除去手術をして帰宅した瞬間にかかってきた電話は、大ヒットシリーズ第4作目となる『リーサル・ウェポン』への出演オファーでした。但し、今まで演じてきた多くは正義の人であったり英雄でした。今回の配役は道の領域の悪役へのオファーでした。提示されたギャラは、今まで出演していた相場の倍近くの金額となる4億5千万円でのオファーでした。難しい決断ではありましたが、このオファーを受けることにしてついにハリウッドへ進出することになりました。

大ヒットシリーズ『リーサル・ウェポン』の第4作目への出演オファーだった。撮影開始

1998年1月に初ハリウッド作品となり、ジェット・リーとしてハリウッドデビューとなる撮影が開始されました。悪役を演じるということで、撮影が開始される前からファンの間では賛否両論が巻き起こっていました。そんな中で撮影が開始されましたが、今まで経験していたのとはまったく勝手が違う中での撮影となりました。

主役のメル・ギブソンはジェット・リーのアクションのスピードについていくことができなかったため、ジェット・リーが動きを遅くすることで対応したりといったこともあり、また初の悪役への挑戦でしたがジェット・リーは見事に新境地を開き演じきりました。

1998年7月に『リーサル・ウェポン4』は全米公開されましたが、ハリウッド作品初そして悪役も初となる作品でしたが、冷酷で残忍な演技力が高く評価され、MTVムービーアワード悪役賞にノミネートもされました。映画は全米オープニング興行で第1位を獲得して、最終的には320億円を稼ぎ出すヒット作品となりジェット・リーの名前も広く認知されこの映画をキッカケにハリウッドから出演依頼が舞い込むようになりました。そしてリー・リンチェイという名前よりも、ジェット・リーとしての呼び方が定着したのはこのハリウッド作品がきっかけです。

そしてハリウッド初主演作品となる『ロミオ・マスト・ダイ』を撮影してその2ヵ月後、1999年9月にニナ・リーと交わした「10年の約束」を果たしてロサンゼルスで結婚しました。

ニナ・リーと結婚してからも、ジェット・リーにはハリウッドからのオファーは続きます。そして『グリーン・デスティニー』のオファーを受けますが、断りました。その理由はニナ・リーの妊娠です。妻との約束で、「お腹が大きい間は仕事を休んでそばにいる」という約束を果たす為に、一切の映画出演を断りニナ・リーと一緒に過ごす時間を選びました。数々の映画オファーを断る中で、いったんオファーを受けていた『グリーン・デスティニー』が世界的なヒットを飛ばしましたが、「いい映画は撮ることができるけど、家族への責任を果たすことが出来るのはその時しかない」と一切の後悔をみせることはありませんでした。

ニナ・リーの妊娠で、俳優としての活動休止から半年後の2000年3月にジェット・リー初主演作品『ロミオ・マスト・ダイ』が全米公開されて、アメリカでは5.600万ドル(61.5億円)全世界で9.100万ドル(約100億円)を稼ぐヒットとなり、このヒットによって妻の妊娠で活動休止中のジェット・リーの元へ更なる映画の出演オファーが舞い込むようになりました。

2000年4月19日に妻は長女を出産して、ジェット・リーは再び本格的に芸能活動を開始してアメリカ国政も取得しました。

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